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半減期

世間の数学の知識は、比例・反比例とか、何々の何倍、というあたりまでなんだなあと思った。つまり、身に染み付いているのは直線的な、一次関数のレベルまでということだ。でも無理もないと思う。僕は、たまたま細胞内のいろいろな物質や電気的な変化を測定する仕事をしたことがあって、測定値はいつも見事にエクスポネンシャルカーブにフィッティングされるのを身をもって体験したから、あのとき、ああこの世というものは指数関数的なもので構築されているのだなあという実感を持った。その体験がなければ僕にとっても指数関数はただの知識でしかなかったろう。半減期が10年なら20年でゼロになるの?というのは実に直線的な考え方だ。

池上彰がいつものように実に分かりやすく、指数関数グラフを示しながら半減期について意気揚々と説明していた。半分に減る、4分の1に減る、8分の1に減る。ところがそのグラフを見つめていた女子アナがはっと何かに気づいたような顔をしたかと思ったら、とても不安げな表情で、すると永遠にゼロにならないってことですか?と質問してしまった。鋭い質問なのか。アホな質問なのか。

いつもの池上彰で、しかも生放送でなかったら、たぶん「いい質問ですね!」と笑顔で応えたところだろう。「たしかにこのグラフでは永遠にゼロにならないように見えますね。ところで、あなたは『ゼロに収束する』って言葉を習いませんでしたか? もしこのグラフの横軸、つまり時間ですね、これがこの先ずっと無限に続いているとする、そうするとその無限の先ではゼロになっているかもしれません。でも無限って実際に存在しますか? そう、私たちには分からないですよね。いったい無限って何でしょう。まずここから説明していきましょう。みなさんはカントールという数学者をご存知ですか……」なんていう展開にはもちろんなるはずもなかった。

実際の池上彰は、「永遠にゼロにならないってことですか?」と邪魔が入った瞬間、普段滅多に見せないようなうろたえた笑顔で言葉につまり、となりの物理学者に目線を送った。学者は「ま、最後に残った原子が割れたら終りになります」というようなそっけない答えで場を収拾した。

指数関数モデル→永遠にゼロにならない→最後の原子で終わり、この流れの奥には実は深淵な学問の世界が広がっている(と思う)。池上彰がちょっとうろたえたのも一瞬そう考えたからではないかな。

実は僕はコーヒーを飲むときに、なんだかカップの中のコーヒーが全部無くなってしまうのが寂しくて、あと一口で無くなる程度に減っても、わざとその半分だけをすする癖がある。そして次はその残った半口のまた半分をすする。そしてまたその半分をすする。繰り返す。いつまでも微量のコーヒーがカップの底に残っている。あんた何やってんのとカミさんに呆れられる。僕は永遠に生きることはできない。それでも結局カップは空になる。